ハーブ・ビネガー
たまたま入った居酒屋で、お通しと一緒に小さなグラスに半分ほどの無色透明の液体がついてきた。
尋ねてみると、センブリ酒だというのだ。
気持ちの良い苦みにすっかりはまってしまって、我が家でも造って、ときどき胃腸の調子が悪いときに軽く飲むように習慣がついた。
丁度、時期を同じくして、輸入食品の店に入ったときに見つけたのが、ワインビネガーに香草(何かだったか忘れた)が入ったもの。
物好きにも購入してみた。
説明を聞いたら、酢が少なくなったなら普通に販売されている醸造酢を足して当分は大丈夫だと言うのである。
自分で台所に立つということはあまり多くはなく、たまに立つにしても材料を揃え置かれてしまうので、なかなか思うような使い方はできないままに10年も過ぎてしまった。
その間には、思いついたようにたまに使って継ぎ足すといった具合であった。
昨年、上山←→白石間の幹線道路脇で小さな小屋で山取の山菜などを売っているじいさんが居るので、キノコなどを買いながらセンブリは置いてあるかと尋ねたら幸運にも小さなものが二組あるという。
即購入して持ち帰ったが、焼酎に浸けたものはまだ間に合うくらいあるしと、そのまま放って置いた。
正月に父親の従兄の奥さんが亡くなったと連絡があって、代理でその伯母の葬式に参加をした。
そこは同級生だった奴が次男なので、ガキの頃からしょっちゅう出入りしてきたという、自分にとっても思い出のある伯母だったのだ。
年長である長女が修道女となっている関係もあって、5〜6百年は続いたはずの家系でもあり、仏教とキリスト教の葬式の折り合いという部分にも関心があったのだ。
葬儀は100km以上離れている菩提寺から僧侶が来て、接待などには長女も出席し焼香などには参加しないという具合に、それも不自然ではなく滞りなく進んだのだった。
それだけでも彼らの姉弟での宗教上のすりあわせがうまくいったことで嬉しかったのだが、その後に行われた初七日法要の時にテーブルにはさりげなく白ワインのグラスが添えられ、いよいよ感心したことであった。
ご存じのようにキリスト教の葬儀のあとの晩餐に赤ワインとパンを供して、「キリストの血と肉」を食して亡くなった者の魂を天国へという、その部分を演出したということだ。
不謹慎なはなしなのだが、その白ワインを飲んだ瞬間に、センブリ酒を思い出したというわけで、センブリを酢に浸けて料理に使ってやろうと思ったのだった。
思いついたが何とやら、早速帰宅するなりやってみた。
3日ほどで待ちきれなくてキノコやハムを炒めて調味料代わりにセンブリが入った酢を使ったのだ。
むむ…、これがなんとも…。
苦い!
驚くほどの苦さだ。
しかし、自分で作ったもの故、まずいとも言い難し。
しかめっ面をしながら、むしゃむしゃやっていたら、慣れるとまたこれが美味しく感じられてきた。
味覚というのはいい加減なものだ。
ついぞ1週間のうちに3回もこのあまりに苦いセンブリ酢を調味料として使った次第だった。
こういうことになると、物好きも何とやら。
他にも試したくなるではないか。
いま密かに狙っている瓶が空いたなら、干した赤南蛮(唐辛子)を酢に浸けてやろうと手ぐすね引いて待っているところなのだ。
たっぷり入れた南蛮酢はどんなものだろうか。
あるいはラー油の代用程度のものかもしれぬ。
でも、物好きじじいとしては待ち遠しいのではある。
尋ねてみると、センブリ酒だというのだ。
気持ちの良い苦みにすっかりはまってしまって、我が家でも造って、ときどき胃腸の調子が悪いときに軽く飲むように習慣がついた。
丁度、時期を同じくして、輸入食品の店に入ったときに見つけたのが、ワインビネガーに香草(何かだったか忘れた)が入ったもの。
物好きにも購入してみた。
説明を聞いたら、酢が少なくなったなら普通に販売されている醸造酢を足して当分は大丈夫だと言うのである。
自分で台所に立つということはあまり多くはなく、たまに立つにしても材料を揃え置かれてしまうので、なかなか思うような使い方はできないままに10年も過ぎてしまった。
その間には、思いついたようにたまに使って継ぎ足すといった具合であった。
昨年、上山←→白石間の幹線道路脇で小さな小屋で山取の山菜などを売っているじいさんが居るので、キノコなどを買いながらセンブリは置いてあるかと尋ねたら幸運にも小さなものが二組あるという。
即購入して持ち帰ったが、焼酎に浸けたものはまだ間に合うくらいあるしと、そのまま放って置いた。
正月に父親の従兄の奥さんが亡くなったと連絡があって、代理でその伯母の葬式に参加をした。
そこは同級生だった奴が次男なので、ガキの頃からしょっちゅう出入りしてきたという、自分にとっても思い出のある伯母だったのだ。
年長である長女が修道女となっている関係もあって、5〜6百年は続いたはずの家系でもあり、仏教とキリスト教の葬式の折り合いという部分にも関心があったのだ。
葬儀は100km以上離れている菩提寺から僧侶が来て、接待などには長女も出席し焼香などには参加しないという具合に、それも不自然ではなく滞りなく進んだのだった。
それだけでも彼らの姉弟での宗教上のすりあわせがうまくいったことで嬉しかったのだが、その後に行われた初七日法要の時にテーブルにはさりげなく白ワインのグラスが添えられ、いよいよ感心したことであった。
ご存じのようにキリスト教の葬儀のあとの晩餐に赤ワインとパンを供して、「キリストの血と肉」を食して亡くなった者の魂を天国へという、その部分を演出したということだ。
不謹慎なはなしなのだが、その白ワインを飲んだ瞬間に、センブリ酒を思い出したというわけで、センブリを酢に浸けて料理に使ってやろうと思ったのだった。
思いついたが何とやら、早速帰宅するなりやってみた。
3日ほどで待ちきれなくてキノコやハムを炒めて調味料代わりにセンブリが入った酢を使ったのだ。
むむ…、これがなんとも…。
苦い!
驚くほどの苦さだ。
しかし、自分で作ったもの故、まずいとも言い難し。
しかめっ面をしながら、むしゃむしゃやっていたら、慣れるとまたこれが美味しく感じられてきた。
味覚というのはいい加減なものだ。
ついぞ1週間のうちに3回もこのあまりに苦いセンブリ酢を調味料として使った次第だった。
こういうことになると、物好きも何とやら。
他にも試したくなるではないか。
いま密かに狙っている瓶が空いたなら、干した赤南蛮(唐辛子)を酢に浸けてやろうと手ぐすね引いて待っているところなのだ。
たっぷり入れた南蛮酢はどんなものだろうか。
あるいはラー油の代用程度のものかもしれぬ。
でも、物好きじじいとしては待ち遠しいのではある。


