ムツゴロウ東京動物王国閉鎖
畑正憲さんの運営する「東京ムツゴロウ動物王国」が閉園することになった。
ペット中心の動物ランドは各地に一時期は乱立した。
開園に至った2004年はすでに動物ランドの流行は終焉に近づいていた。
懸念を払拭するような秘策を持ち合わせて開園に至ったのかと、興味を持って気にはしていたのだが案の定という結果である。
ムツゴロウ氏の、みんなの関心を動物に向けさせた功績を理解した上で言葉を重ねるならば、本来の犬猫のプロブリーダーにとっては、どうしても相容れない幾つかの問題点を感じていたのだった。
問題点を羅列するのは易しい。
しかしながら、もっとも問題とするべきはムツゴロウ氏の貫き通せぬ弱さこそが指摘されなければならない。
動物という命を預かる責任は、命を殺す重さをも有する。
品種を見せるということは、その血統を守った育種が行われていなければならぬ。
不思議なことに、異なる品種の掛け合わせであるMIXの存在なども伝え聞くのである。
1900年初頭には明確な犬種という概念がすでに存在した。
猫にしても犬より2〜30年遅れた程度だったはずだ。
地犬という品種的な考え方は2000年以上も以前からあった。
血統を守るというために、その目的から外れたものを淘汰しながら幾十代に渡って、先人たちが自らの命をすら削って育種を重ねて来ているのだ。
幸運にも、現代は淘汰した犬猫の多くも殺さなくて済む時代になった。
とは言え、年間に数十万頭の動物が保健所での収容後に命を失っている。
このようなことに思いを至らせながら、命と対峙するのが動物を預かる者の務めである。
数年で閉鎖しなければならぬ・閉鎖できる、程度の思いでしかなかったとすれば、単に動物という商材を扱っている商売人でしかない。
年間に10万人超の入場者があったのだという。
500円の入場料としても単純計算で5000万円の売り上げである。
子犬や子猫の販売を行っていたとするなら(よく知らぬ)、1億数千万円には達していたはずだ。
十数年以上以前に群馬県などで開園していた『犬の動物園』は年間3千万円程度の入場売り上げであった。
同業他社の研究もなく開園したとは思えないが、現実を見ていなかったとしか思えない。
計画が杜撰だったと言わざるを得ない。
大きな期待も持っていた者として、非常に残念な結果である。
ペット中心の動物ランドは各地に一時期は乱立した。
開園に至った2004年はすでに動物ランドの流行は終焉に近づいていた。
懸念を払拭するような秘策を持ち合わせて開園に至ったのかと、興味を持って気にはしていたのだが案の定という結果である。
ムツゴロウ氏の、みんなの関心を動物に向けさせた功績を理解した上で言葉を重ねるならば、本来の犬猫のプロブリーダーにとっては、どうしても相容れない幾つかの問題点を感じていたのだった。
問題点を羅列するのは易しい。
しかしながら、もっとも問題とするべきはムツゴロウ氏の貫き通せぬ弱さこそが指摘されなければならない。
動物という命を預かる責任は、命を殺す重さをも有する。
品種を見せるということは、その血統を守った育種が行われていなければならぬ。
不思議なことに、異なる品種の掛け合わせであるMIXの存在なども伝え聞くのである。
1900年初頭には明確な犬種という概念がすでに存在した。
猫にしても犬より2〜30年遅れた程度だったはずだ。
地犬という品種的な考え方は2000年以上も以前からあった。
血統を守るというために、その目的から外れたものを淘汰しながら幾十代に渡って、先人たちが自らの命をすら削って育種を重ねて来ているのだ。
幸運にも、現代は淘汰した犬猫の多くも殺さなくて済む時代になった。
とは言え、年間に数十万頭の動物が保健所での収容後に命を失っている。
このようなことに思いを至らせながら、命と対峙するのが動物を預かる者の務めである。
数年で閉鎖しなければならぬ・閉鎖できる、程度の思いでしかなかったとすれば、単に動物という商材を扱っている商売人でしかない。
年間に10万人超の入場者があったのだという。
500円の入場料としても単純計算で5000万円の売り上げである。
子犬や子猫の販売を行っていたとするなら(よく知らぬ)、1億数千万円には達していたはずだ。
十数年以上以前に群馬県などで開園していた『犬の動物園』は年間3千万円程度の入場売り上げであった。
同業他社の研究もなく開園したとは思えないが、現実を見ていなかったとしか思えない。
計画が杜撰だったと言わざるを得ない。
大きな期待も持っていた者として、非常に残念な結果である。


